2013年10月21日月曜日

「夏の終り」静かにたぎる情念の愛



白と黒、切り絵のような、美しい夜の田園 ───。
その実写が、染め物の模様に切り替わる。
藍色の夜、白く光る棚田を、これまた真白い月が静かに見下ろしているのが判る。
とその画が真ん中でとぎれて揺れる。染色の暖簾が風に揺れたのだと判る。
その暖簾を見つめている知子がいた。
彼女は染色家だ。
と、突然知子はその美しい暖簾に染色の液を叩きつける。
泣きわめきながらせっかく完成させた美しい暖簾をズタズタにしてしまう。
そして暖簾と共に崩れ落ちる。
暗転
「この家息苦しいのよ ───」
暗闇の中から聞こえる悲痛な嘆き。。。

静寂と怒濤が一瞬にて交錯する。
息を飲み込む。。。

原作、瀬戸内寂聴。監督、熊切和嘉。昭和30年代を舞台にした映画、夏の終り。
上記は、主人公の女、知子が、惚れてしまった二人の男たちと、その男達と惰性的な生活を続ける自分自身にうんざりし、どうしようもなくやるせなく、行き場のない想いに破滅的になる瞬間を描いたシーンである。
これらが、説明的なセリフではなく、ひとつひとつの画と行動をつむぎながら、心情を丁寧に織り込んでいく。
この映画は、全編に渡り、そんな映画的な語り方にこだわり、観客を映画という時間で満たそうと汗をかく、一途な映画である。

映画は、この主人公の女一人と、彼女の愛人の男二人の三角関係を描く、愛の物語だ。
情事のシーンはあえて見せない。けれども静かに空気が色気立つように作られている。
主演の満島ひかりがたまらなくいい。
細身だが凛として力強く、艶やかに、二人の男を同時に愛してしまう女を演じている。
満島の年齢は作中の人物設定より10歳ほど若いため、若干その年齢を経た熟れた色気は物足りない。だが、逆に彼女が持つあるあっけらかんとさばさばした一面が、この映画に明るい好感を作り出している。
この設定で、女を情が深く、どろどろさせてしまうと、安いメロドラマのようになるが、そのぽーんと弾けたさばさばさに救われるのだ。

三角関係は、日常に埋れ掛けていた三人の心を熱くさせ、輝かせるが、当然長く続かない。
そんな知子が、長年付き合い続ける妻子持ちの愛人、慎吾との関係の行末を案じ、思い切って慎吾が妻子と暮らす家を訪ねるシーンが特にいい。
道に迷いつつ正妻の家に向かう知子。夏の暑い陽射しが落ち、日本家屋が並ぶ裏路地に立ち尽くす白い着物の知子が美しい。
迷いに迷ってようやく見つけた家の軒先に、慎吾が知子の家と同じたたずまいで猫を撫でている。
慎吾が知子に気付き、無言で固まる。その顔をあえて格子戸の柱で隠し、静かに動揺する愛人の気持ちを表す。慎吾が見知らぬ人のように見えてくる。その居心地の悪さ。愛する男が急に詰まらない男に見えてくる。
これら一連の心の動きを映像だけで静かに語るのも潔く気持ちがいい。
しかし結局、妻子は外出していて、何も起きない。覚悟を決めて出てきたのに、その気持ちのやり場に途方にくれる知子。お茶を出す慎吾の先に、知子が家に置いたのと同じ形のサボテンが申し訳なくあって、愛人が一層憎らしく見える。

この映画は、行動や発言と気持ちが解離している人間の不思議や、日々暮らしている中でちょっとした人生の機微(きび) を次々と垣間見せてくれる。劇的ではないけれど、人生を揺り動かすささやかな瞬間を見事にとらえた、大人の映画だろう。
表面からは隠れた微妙な心の動き、息遣い、汗や匂いが、静かに熱く伝わってくる。これは、くるおしい、微熱の映画なのだ。

人は、人の心を思いやらなければならない ───。

もし、あなたが自分の男女の関係に刺激が欲しいと感じていたら、この映画をオススメする。
日常に埋れていく自分に、変化を求めはじめる知子のさばさばとした覚悟と勇気に、きっと励まされるだろう。

静かに、けれど激しく、ときめきたいあなたは、「夏の終り」にしやがれ!


余談:
家庭を持つ愛人、慎吾役の小林薫は、学生の時に見た森田芳光監督「それから」の時から年を取っていないのではと思わせる若々しさ。もう30年近く前の映画なんですけど。。。この「夏の終り」よかった方は、こちら「それから」もオススメです。
また夏の終りは、衣装、ロケーションもとても素敵です。



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